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鯨海酔狂(げいかいすいきょう)

Author:鯨海酔狂(げいかいすいきょう)
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齢酔三百六十回 鯨海酔侯
昨夜出た話題で、
鯨海酔狂などと名乗っておりますが、なんでや? と聞かれました。
前にもこの件、語ったかもしれませんが。
(旧ブログの2007/3/22と内容重複御免。)

実は、土佐藩15代藩主の山内豊信侯は雅号の容堂の方が有名ですが、この容堂侯の雅号は、容堂のほかに鯨海酔侯(げいかいすいこう)、九十九洋外史(つくもなだがいし)、五斗(ごと)先生などがありました。
表題は、坂本龍馬の脱藩の罪を赦免した時に、容堂侯が白扇に瓢箪の絵を描き、その中に「齢酔三百六十回 鯨海酔侯」と署名し渡したそうで、勝海舟の作戦に乗って赦免するのがくやしかったのでしょうか、酔わなきゃやってられんわ、って気持ちが表れているようですね。

鯨海酔狂というのは、幼い頃を高知市鷹匠町で暮らしてましたので、ウラにある山内家の歴代藩主が祀られた山内神社を遊び場として育ちましたし、容堂侯の酒飲みぶりにも親近感を感じてまして、ただ私はお殿様ではありませんので、「侯」というのは憚られます。そこで語呂の近い「狂」に変えて「鯨海酔狂」などと自称しておる次第です。

鯨海酔侯こと山内容堂侯は、幕末の四賢侯(福井藩主・松平春嶽、宇和島藩主・伊達宗城、薩摩藩主・島津斉彬)と称されてますが、居合・漢詩・乗馬・能楽等と多様な才能を持ち、酒をこよなく愛した文人としても知られていて、漢詩・二州酒楼に飲す、での
「昨は橋南に飲み、今日は橋北に酔ふ、酒あり飲む可し吾酔う可し」
と冒頭の一節は有名で、容堂公の優れた感性を表した銘詩だと思います。

「二州酒楼に飲す」
昨は橋南に飲み  
今日は橋北に酔ふ 
酒在り飲む可し吾酔ふ可し  
層楼傑閣 橋側に在り  
家郷万里 南洋に面す  
眦を決すれば 空濶碧茫々  
唯見る怒濤の巌腹に触るるを 
壮観却って此の風光無し  
顧みて酒を呼べば杯己に至る  
快なる哉 痛飲放恣を極む  
誰か言ふ君子は徳を修むと  
世上解せず 酔人の意  
還らんと欲すれば欄干の灯なほ明らかに 
橋北橋南ことごとく絃声  

罰当たりなことに、前にこの漢詩の替え歌を作ったこともあります。
よかったら探してみて下さい。

また、容堂侯は晩年、豪遊を諫められたときに
「昔から大名が倒産した例しがない。俺が先鞭をつけてやろう。」
と、豪遊をやめなかったそうで、なかなかおちゃめなお殿様。
維新の時に、ご恩のある徳川家を守れず、薩長にいいようにされてしまった無念から、やけっぱちになってしまったのかも知れませんが。



酔って候 | 17:12:35 | Trackback(0) | Comments(0)
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